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高校の時に親がどうして子どもである僕を苦しめるのか悩んだ時に考えた事

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兵庫県香美町で催眠術が使える催眠療法士として活動しています。また、『介護タクシーの開業、集客』の専門家としても活動中です! ミラサポや兵庫県商工会連合会、長崎県商工会連合会に登録し、マーケティングサルタントとして企業の相談などを行っております。また、介護タクシーの経営も実際にしております。 コンサルが出来る介護タクシー事業者として様々な事業所さんを支援中です。 (全国どこでも出張可能です!まずはお気軽にお問合せ下さい)
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今日は8月14日。

明日くらいに大型の台風が上陸と言われており、予定されていた盆踊り大会は中止となりました。

大きな被害がないことを祈りたいです。

今回の記事は、僕の高校時代の話です。

子どもが親を苦しめることはあるかと思います。

例えば、全くいうことをきかず、反抗的な態度をとったりしたときです。

しかし、僕の場合は親が子どもである僕を苦しめたことがあるという内容です。

高校時代、学費を稼ぐのに必死だった。

僕は高校時代に親から「学費が払えないから学校を辞めてくれ」とお願いをされたことがあります。

そんな時に退学する選択肢もあったかもしれませんが、諦めることより頑張ってみようという気になりました。

だから、学校に無理を言ってアルバイトをさせてくれとお願いをし、自分で学費を稼ぐことができました。

アルバイトは旧さとうで野菜コーナーや日配コーナーを担当し、夜7時くらいまでアルバイトをしていたのです。

かなり疲れて帰ってくるわけですが、そこから宿題があったり、部活の自主練をしていたという感じです。

ただ、僕はアルバイトが終わり、家に近づいてくるに連れて怖い思いがしてきていました。

それは、「両親の夫婦喧嘩」です。

住宅に住んでいたのですが、階段を上がっていくにつれて大きな音量で曲が流れていたら、だいたいは我が家で夫婦喧嘩が行われているという感じでした。

時には、警察がくることもあったりしたくらいです。

きっと住宅に住んでおられる人は全世帯知っておられたのではと思います。

夫婦喧嘩の仲裁はつらいもの

恐る恐る玄関に入っていくと、廊下にはラガービールの空き缶や割れた植木鉢が散乱していた時もあり、それを見た時には愕然としました。

さらに一番嫌だったのは、夫婦喧嘩の仲裁に入ることです。

普通の夫婦喧嘩ではなく、どちらもお酒が入っているので、ジャッジをする僕が一番まともであり、一番体力が消耗しているのです(笑)

お酒の力を借りて、弱い心をなんとか満たしていたのかもしれません。

母親のほうがたちが悪いイメージがあったのですが、そもそもことの発端は父親のほうがあったと言える感じです。

言い忘れていましたが、当時、父と母は別居したり、協議離婚をしようとしたりとかなり複雑な家庭環境でした。

もちろん、友人たちにはなんの相談もしませんでした。

相談したところで、そういった話は重いだろうし、嫌な気分にさせてしまうと思ったからです。

どれだけ辛い思いをしても、自分の受け止め方で変われる。

こういった生活を頻繁にしていたため、家に帰るのが辛い時期もありました。

いや、毎日だったかもしれません。

そんな家庭環境でしたが、自分の中で心がけていたことがあり、どんな状況であっても明るく頑張ろうと思ったことです。

そうはいっても、自分がアルバイトから帰ってきて、両親がお酒を飲んで喧嘩をしていたときは悔しくて、隠れて涙をしたこともあります。

でも、絶対に逃げないで頑張ろうと思いました。

自分ばかりなんでこんな目にあうんだろうという思いを持った時期もありましたが、なんとか歯を食いしばって、「どうしたらこの状況から抜け出せるだろうか」「大人になるまでにこれを糧にして絶対に成長してやる」と思いました。

このようにどれだけ辛い思いをしても、自分の受け止め方や心のあり方で、なんとか前向きに生活はしていけましたし、友達との交流もほどよくできていました。

両親だって辛いんだと思う。

これだけ僕に辛い思いをさせた両親ですが、その両親はもっと辛かったのかもしれません。

僕はどれだけ辛くても、お酒を飲まなくても明るく振舞うこともできますし、心のあり方も決して悪い状況ではなかったと言えます。

しかし、両親は辛い現実から逃げようとお酒に走ってしまい、そして価値観の違いから夫婦喧嘩を繰り返したり、八つ当たりのように植木鉢を破壊したり、僕に絡んできたりを繰り返しました。

本当は、辛いのは僕ではなくて両親なんだろうなという考えを持つようになり、高校の途中からは怒るのも諦めました。

そして、どうやったら二人を支えることができるだろうと考えたのです。

最終的には、二人は離婚をし、離婚後、2年ほどで母は他界、父もその5年後に亡くなります。

結局、僕だけがこの世に残っている感じです。

僕もいつまで生きれるかわかりませんが、生きている限り、これまでの経験から学んだ考えを生かし、人の役に立てれたらと思います。

悩んでいる人、必ず乗り越えることができますし、乗り越えたあとは、きっと良いことが待っていますよ。

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